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コーニシュ物語⑩:フライイングレディ〜アナザーストーリー〜

 皆様こんにちは。

 パルテノングリル上に鎮座する「フライイングレディ」とも呼ばれるThe spirit of Ecstasyのお話ですが、確立された歴史に一石を投じる記述が見つかったので、紹介させて頂きます。

 1902年ジョン•ダグラス•モンタギュー公は、自動車雑誌「CarⅠIIustrated」を発行します。その特別号の表紙を飾ったのが、早くから彼の才能を見出されていた、チャールズ•ロビンソン•サイクスでありました。

 モンタギュー卿所有1899年ダイムラー12HPのラジエター上には、サイクスのデザインした、旅行者の守護天使:聖クリストファーの、4インチサイズブロンズ像が取り付けられていました。この車は、宮殿の前庭に駐車する際、ウエストミンスター寺院の入口を横切るのを許された、初めての車でした。

 20世紀の最初の10年は、デザイン性がなく味気のない車ばかりで、それを区別するためにラジエターの上にマスコットが載せられていました。それらは、芸術性とは程遠く、中には警官やグロテスクな人物像などもありました。

 ロールスロイス社は、品のないマスコットが車を飾るのを腹立たしく思い、第3の男、クロード•ジョンソンは、顧客でもあったジョン•ダグラス•モンタギュー卿に相談します。

 モンタギュー卿は、それには本物の芸術作品が必要であると提唱し、相応しいものを制作できるのは、サイクスしかないと考えました。

 サイクスが1913年に新作したのは、横向きの体の着衣が風をうけてふくらみ、顔は正面を向いて人差し指を唇に押し付けている、「ウイスパー」と、呼ばれているものでした。真に音もなく走るシルバーゴーストにぴったりでした。

 モンタギュー卿の父の秘書エノレア•ヴェラスコ•ソーントン嬢は、サイクスにとって信頼のおける友人であり、彼女はサイクスが絵を描いたりブロンズ像を製作するのに、献身的に協力しました。従って「ウイスパー」のモデルは、ソーントン嬢と言って間違いないと思われます。

 しかし、現在のフライイングレディのモデルは、ソーントン嬢ではないと、チャールズ•ロビンソン•サイクスの娘で、長年彼の製作の手助けをしてきた、ジョー•サイクスさんが、1972年のインタビューで答えています。

 「全てのロールスロイスを飾るフィギュアとして、ミスソーントンは、あまりにも優美すぎる」というものです。

 さて、真のモデルは誰でしょう?

 上記は、現在のモンタギュー卿が、2018年12月に発表した談話をもとに、記述しました。

「ウィスパー」横から

「ウィスパー」前から

このアナザーストーリーを発表した、ジョン・モンタギュー・ダグラス・スコット(第7代バクルー公爵)