9.ロイスの哲学

 「20世紀初頭の車など、やっと走るのが精一杯で、そのうち壊れる」と、現代の人は思うに違いない。この推測は間違ってはいない。実際ロールス卿が愛した先進的なパナールやプジヨーが1905から1930頃にかけては、次々とスクラップになっていった。しかし、顧客のもとに届けられたロールスロイスは、初期の物であっても変わらず走り続け、中には数十万キロノントラブルな物もあった。

 これは、ロイスの哲学としての、「品質こそが最優先されるべきである」という考えのもと、入手し得る最良の素材を、最高の精度で加工し、細心の注意を放って組み立てられていたからである。

 後のモデル、シルバーゴーストの場合で言うと、重さ14.5kgの美しく磨かれたブレーキドラムの素材が、削る前は48kgもあった。コネクティングロッドに至っては、3.6kgの鍛造物の中心部だけを使って、0.9kgとなり、表面はピカピカに磨き上げられた。鍛造する場合は、完成品の分子の並びが最高になるような方法がとられた。また、削り出しでない物は、やすりをかけた後、磨き上げ、拡大鏡を使って表面に傷がないかチェックされた。

 これこそ、後のロールスロイス社の社是となった

“quidvis recte factum, quamvis humile, praeclarum”(ラテン語)

「正しく行われしこと ささやかなりしとも けだかし」(日本語訳)

という言葉に象徴される。

 ロイスの車造りは、素材、加工、組み立て全てに正確性を追求し、その結果数十年どころか100年変わらぬ信頼性がもたらされることとなった。

 ここで、多くの伝説や、真実が生まれている。

「英国人は、一生涯で必ず一回、ロールスロイスに乗る」これは、ロールスロイス車のエンジン・シャーシーがいつまでも、変わらず動き続けるために、何度も改造され、最終的に霊柩車となるからであった。

 「わが社は、絶対に悪い車は作らない。なぜなら悪い車は門番が外に出さないから」

と、いうのもある。

 また、スペインの片田舎で(アフリカの砂漠という話もある)プロペラシャフトが折れて、本社に連絡したら、ヘリコプターが飛んできて修理してくれた。後日、請求書が送ってこないので電話したら、その答えが「無料です。当社の車には故障というものはありません」であったという。

 他の話であるが、イギリスから南フランスへドライブ旅行に来て、車の調子が悪くなったので、夜に本社に連絡。翌日、直るのには夕方までかかると思い、バーで酒を飲んで昼寝をした後、様子を聞いたら「午前中に修理に来られて、帰られました」との返答。無事に旅行が終わって、修理代を聞いたら「プラグを変えた代金2ポンドです。当初の車は壊れません」との返答だったという。これと似た話が北海道でもあったそうである。

 また、アメリカ、マサチューセッツ州、スプリングフィールドに住むアレン・スウィフト氏は、1928年に父親からプレゼントされた、ロールスロイス・ピカデリーP1・ロードスターを、2005年に102歳で他界するまで78年乗り続け、1994年にロールスロイス社から賞を贈られている。

 余談であるが、この1928年というと、「計画的陳腐化」という経営手法を打ち出して、GMを世界一の自動車メーカーに押し上げた、アルフレッド・スローンが、社長に就任した1923年の5年後である。

 スローンは、次々と新型車を発売(モデルチェンジと後に呼ばれる)し、旧型車を陳腐化させるという手法により、企業に莫大な収益をもたらせた。しかも彼は、シボレー社から始め、ポンティアック、オールズモビル、ビュイック、キャデラックと次々に買収したメーカーで、大衆車から高級車までの系列を構築した。そして、買い替えの時は「もう少し高級な車に乗りたい」という消費者の心理を巧みに突いて、一つ上のランクの系列車種を勧め、顧客がGMグループから逃げないよう図った。こうして彼は、GMを世界一の自動車メーカーに育て上げた。

 この「計画的陳腐化」は、現代の企業経営においては、完全に一般化している。携帯の型やコンピューターのOSが、次々と新しいものになるだけでなく、筆者の医療介護の領域でも、「このCTの基盤は、もう作っていない」とか、「介護保険請求ソフトが5年で使えなくなる」とか、消費者はまだ十分使えるはずの物を、買い替えさせられる。

 企業倫理が、①いいものを作れば売れる、から→➁売れるものを作る、そして→➂収益を上げた企業が生き残る、という風に変貌を遂げ、現代の消費者が「計画的陳腐化」の罠にはまったことが、地球温暖化の一因になっていることは確かである。車の買い替えのサイクルだけでなく、家の建て替えのサイクルが、先進国で一番早いといわれる日本人も、考えを改める時期がいつか到来すると考えられる。この意味において、初期投資は重いが100年160万キロ走るロールスロイスは、車史上最も優れた車であったと評価される時がいつか来るのではないかとも、思われる。しかも初期のローススロイスが、意外に燃費が良かったという事実もあり、次回はこれに言及する。

 

 さて、このロイスが作り、最初にロールスロイス社が売り出した車を運転した人々はこぞって称賛し、発足したばかりの会社は大成功を収めた。結局、1904~1906に生産された車は、ロイスの最初の3台を含まず、10hpが13台、15hpが6台、20hpが37台、30hpが40台であった。15馬力は、これだけのために違うエンジンブロックを作らなければならなかったので、非効率とされ6台だけで生産を終了した。

 

 さて、次回は展示会や、レースで真価を発揮したロールスロイス車のことを、記述しようと思います。

 

 令和2年3月9日

   林英紀